子どもを叩いたことはありませんか?
あるいは叩きたくなったことはありませんか?
タマヤワは子どもをたくさん叩きました。
本当に、不適切な子育てをしてしまいました。
その経験から、子どもは叩いたらダメだとわかりました。
この記事は、その経験をもとにして書きました。
育児をしていて「私のこれって、ひょっとして虐待かも?」と怖くなった経験のある人は少なくないのではないかと思います。
子どもを叩いたとき、あるいは言うことを聞かないので、ベランダに出した時、誰かが見ていないだろうか、誰かがこれを見て「虐待」と言わないだろうかと、気になったことはありませんか?
かく言う私も、子どもをひどく叩いてしまった後、猛烈な後悔にさいなまれ、自分のしたことは虐待に近いと思ったことがありました。娘が2歳の時に、お店の中で駄々をこねて止まらなくなり、泣く娘をむりやりバギーに座らせて立ち去ろうとした時。その様子を見ていた若い女の人から、「虐待だよ、あれ」とつぶやかれたことさえあります。
知らない人から、「虐待だ」と言われたことで私はひどく傷つきましたが、ある意味その後自分の子育てを省みる機会を与えてもらったのかもしれません。そして、一生懸命育てているのに、「虐待ではないか」と言われると、母がどれほど傷つくかということも、知ることができました。
現在私は44歳で、まだ小学3年生と高校一年生の女子二人の子育て中の身ですが、さすがに親として経験を積み自制心や忍耐力がついてきたのか、かつてのような感情的な子育てはなくなったように思います。しかし長女を育てている頃は、初めての育児で、まだ30歳代前半だったので、感情的になることが非常に多く、周りの意見に振り回されて、しつけのために子どもを叩いたりしていました。
お尻などを叩いて言うことを聞けばいいのですが、子どもは3歳くらいになると頑固で自分を曲げなくなるので、叩かれても反抗します。そこで体を何度も叩いて、ひどい時は頭を叩きました。そして娘が「叩かないで〜」と部屋の隅っこに逃げて行った時に、ハッとして、「私がやってるのはやりすぎだ」と気づいたことがありました。
叩きたくて叩いたのではなくて、今の時期はここまでやらないとダメなんだ、と思っておりました。夫が、叩かないとダメだ、と言う意見を持っていたこともあります。夫も初めての育児で、今思うと、子どものことをよくわかっていなかったと思います。長女には厳しすぎる養育態度を取っていたと思います。二人目が生まれてから、長女の時とは全然違って優しい父親になったので、色々考えたのだと思います。
夫が長女をしつけのために何回も叩いた時は、私はそれを見ることができず、「これ以上叩くなら、離婚する」と言いました。長女を保育園に送る車の中で娘に、「お父さんがまた叩いたら、お家出て行こう、二人で暮らそう。」と話したことがあります。まだ3歳くらいだった長女は「ふたりで、すむ」と繰り返していましたが、もちろんよく意味はわからなかったと思います。
もちろん、私が叩くのもやりすぎだったことはありますが、父親(男)が叩くというのは、母親が叩く以上に、子どもに恐怖心を与えるとその時思いました。だから、その時は本当に離婚を覚悟で夫に言ったので、夫は「もう叩かない」と言って、叩くのはやめました。その後、本当にしつけのために叩いたことが、あったかもしれませんが、年に一回くらいのものでした。
よくしつけのために、外に出されている、という話を聞きます。実は私はこれも、一回だけやったことがありました。まだ3歳前の娘が、裸んぼの状態で、何度もお願いしても「やだ、やだ」で言うことを聞いてくれないので、私は「そんな悪い子はうちに要りません!出てって!」と言い、玄関のドアを指さしました。こう言えば、言うことを聞いてくれるかもしれないと思ったのです。
ちょうどその時は夏の盛りで玄関のドアが少し空いていたので、裸んぼの娘はそのままゆっくり歩いて出ていきました。
私は、てっきり娘はドアの外で、反省して立ち止まっていると思いました。それで泣いて謝るかと。ところが、少し時間が経っても、シーンとしています。心配になって、外を覗いてみると、裸んぼのまま、家と反対の方向にかなり歩いて行ってしまったところでした。私から要らないと言われたので、本当に行き場所なく、とぼとぼ歩いている感じでした。
たった2歳の子に、なんてことをしてしまっただろう、と私は気づきました。そして走って子どもを迎えに行って、抱きしめて謝りました。ごめんね、ごめんねと。
これらは小さい頃の苦い思い出ですが、小学生になった長女を激しく叩いたことも、何回もありました。ついでに言うと、中学生の長女を叩いたこともありました。全く恥ずかしい話で、感情的になって一回叩くと、従順になるまでやらないと収まらなくなってしまうのです。
中学生となると、犯行的な態度も激しくて、自分より体も大きいので、叩くのも激しくなってしまいました。長女は、頭を両手で抱えて、「やめて!なんで叩くの!」と言って丸くなっていました。そうは言っても、私に対して暴力で返してくることはありませんでした。
そして私が叩くのをやめると、激怒して部屋に閉じこもり、ドアをバーン!と閉めて、その後1週間くらいは口を聞いてくれないのが常でした。
私は私で叩いたあとは毎回、「やりすぎた」とものすごく反省して、もうやるまい、こんな方法は間違っている、と思うのでした。しかしそう思っても、またやってしまったことがありました。しかし今はさすがに、叩くことはほとんどなくなりました。
長女もだんだん大人になり、犯行的な態度や、投げやりな言葉が減っていきました。それは、それは私たち夫婦が内省して、親としてだんだん寛容になっていったことが大きいと思います。また思春期の始まりは、ホルモンの産生の流れが急激に変化するのでイライラしやすいですが、それがある程度落ち着くと、感情のコントロールが少しはできるようになるようです。
「言うことを聞かない時は、少しの間外に出しちゃう」という話を、知り合いのママが話しているのを聞く時、私は自分の経験から、胸の痛みを感じます。小さい子を外へだすのは、叩くのと同じくらい結構普通にされていることのようです。しかし実は、外へ出すことは、一時的に言うことを聞かせることには成功するかもしれませんが、子どもの心を深く傷つけるし、同時に非常に危険なことだと思います。
子どもにとって、家は唯一の安心できる場所です。大人はお金を払えば、ホテルに泊まったり、自分の実家へ逃げたりできますが、子どもには自分の家以外行くところはありません。そこから追い出されるのは、命の危険にも及ぶ恐怖を感じることだと思います。
もちろん、子どもによって色々個性があって、それくらい激しい罰がないと効き目がない、という場合ももちろんあるでしょう。だからなんでも、一概には言えないことだし、他にどんなやり方があるの?と言われると困るのですが、ただ思うのは、やはり日常の一歩一歩の積み重ねで直していくしかないのではないかと思います。
子どもにこうなってほしい、と思うならば、子どもは親を真似してそうしているのですから、やはり親自身が変わろうと努力しなければならないと思います。毎日ほんの少しずつでもいいから、自分自身も努力して、そして子どもに向き合うしかないと思います。
長年の虐待によって子どもを死に至らしめた親の常套句は、「しつけのためだった」というものです。子どもたちは、愛を求め続けて、しかし愛をくれるはずの大人から暴力を受けて絶望して、命が断たれ、あるいは自ら命を絶っていきました。
育児に悩んでいるのは、あなただけではありません。育児は、そう簡単にできるものではありません。失敗を繰り返しながら、修正を重ね、傷つきながらも親子で歩んでいくものです。自分が叩いたり、蹴ったりしてして、世間的に言う「虐待」をしてしまったことがあるのも、あなただけではありません。身体的な暴力がなくても、「ばか」とか「お前はできない」「産まなきゃよかった」と言葉の暴力をふるっている人も沢山います。
大事なことは、まだまだ引き返すことができる、やり直すことができる、ということです。これじゃいけない、と思った時が、やり直すチャンスです。すぐには変わることはできないものですが、ほんの少しずつ変わろうとしていれば、変わることはできます。
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