娘は現在高校2年生。都内の女子校に通っている。2年生になってから担任との進路面談が何回かあったようで、この間親が初めて同席し担任と本人と親の三者面談に呼ばれた。その三者面談で彼女たちに課されたのは「親の前で、自分の第一志望の志望校を言いなさい」ということだった。志望校をこの時期に決めなければならないのには、学校として理由があって、3年生になってからのコースの希望を決めなければならないからだった。当然、文系と理系に分かれるだけではなく、国公立大学志望の人は、国数英社理を満遍なく勉強しなければならないし、難関校を目指す人たちは、それに対応したハイレベルなクラスで勉強しなければならない。しかし希望を出したところでそれが通るわけではなく、担任によると成績によって「切る」ということだった。娘は看護系の国公立大学志望ととりあえず決めたので、3年生でも国公立大学コースを希望したが、この学校の国公立大学コースというのはどうも国公立でも難関の大学を念頭に置いているらしく、彼女の成績では全然入れないらしい。そもそも看護系の国公立大学は、そこまで難関であるわけではないが、5教科はやらなければならない。医学部とか理学部の国公立とは違って、数学や理科はそこまで難しいレベルを要求されてはいない。しかし私立のコースに行ってしまうと、理科や社会を学校で教えてもらえない。
彼女の担任はまだ30歳そこそこの(もしかしたらまだ20歳代)若い女性で、この学園の中学・高校出身でそのまま私立の理科系大学に進み、卒業後にこの学園に就職した数学教師である。国公立大学と言っても、そのレベルは様々であり、入れるところはたくさんあるのであるが、国公立大学は相当優秀な人以外無理、と思い込んでいる印象がある。私が思うに、国公立大学と私立大学の最大の違いは、勉強しなければならない科目の数と、受験する時期である。私立だったら、最近はAO入試で早い人は初夏には進学先を決めることができるし、推薦入試や指定校推薦などで、入学試験なしに入学を決めることができる。早く決まってしまえば、当然その分早く受験のストレスから解放される。国公立大学が第一志望の人は、センター試験(共通テスト)が1月で、その結果で本当に志望校をどうするかを最終決定し、前期の一次試験は2月である。発表は3月の初めの方で、もしもそこで落ちて後期試験を受験する場合は3月に受験である。要するに、年度の終わりまで、不安な思いを抱えて、勉強し続けなければならないのである。そのストレスを受け入れて耐えることができる人だけが、国公立大学を第一志望にする。多くの人は、そのようなストレスに耐えることが辛い。子どももそうかもしれないが、もしかしたら親もそのストレスに耐えられないのかもしれない。私立大学は私立大学で、入学者を確保したいから、入学金の納付を国公立大学の受験の後まで待ってはくれない。それだったら、私立に行く方が楽だ、ということになり、国公立大学受験者は減って行くのである。おそらく担任も、自分が国公立大学を受験するということが、人生の中で選択肢になかったのではないかと感じた。だから娘が国公立大学志望であることに、なんとなく冷たい反応をして、成績で「切る」とストレートな表現をしたのだろう。担任は担任で、生徒の進路を確実な路線で早く決めてしまう方が、自分の責任から解放されることは確かだ。担任だけではなく娘もポツリと、友達がみんな先に進学先を決めてしまうから、2月、3月まで受験戦争を続けなきゃいけないのは嫌だな〜、というようなことを時々言ったりしている。自分の感覚だとそんなの当たり前だったのだが、私立の女子校ってこうなのか、と娘の受験を通して、私は初めて知った。公立校と私立校の違いって、生徒たちや先生の背景と価値観が一番違うんだな、というのが新しい発見。
なんだか話がそれていってしまったが、本当に言いたいのは、高校2年の段階で志望校を決めて親の前で宣言させる、という高校の発想に、私は違和感を感じる。思春期は揺れ動くもの。自分の将来の仕事なんて、決められない。わからない。志望校なんて、直前まで変わっていい。事実娘も、つい最近「やっぱり志望校を変えてもいい?」と切り出してくれた。結局看護系を志望しようと思ったのは、親の影響だったり、安定志向の結果だったりしたわけで、本当に自分がチャレンジしたいことじゃないのだ。一度も強制したことはないけど、親の影響というのは、骨の髄まで染み込んでいるから。
現代の高校生はインターネットのおかげで過度の情報はあるものの、実際の社会には出ていなくて温室育ちだから、やはり視野は狭い。思春期特有のイライラで親に反発していると、親の助言は聞かない。親の影響力が強すぎて威圧すると子どもは無理をして、自分の意思や特性に反した道に進もうとする。無理やり勉強させようとすると、ストレスで精神的につぶれる。過食したり、反対に拒食したり、甘いものばっかり食べたり、毎日遊び歩いたり。あんまりひどいと、薬物中毒になったり、性関係に走る。それを考えると、普通に元気で生きててくれたらそれだけでいい、という気持ちになる。進路については、さんざん迷っていいのだけど、でも期限はあるのだよ、と伝えることしかできないのかもしれない。そして時期が来たら、自分の学力とお金の状況の折り合いがついて、「これだったらやってもいい、やれるかも」という道が一つでも見つかったら、そこに行ければ一番いいと思う。思春期という難しい時期に、何十年後の将来の仕事につながる選択をしなさい、というのは結構大変な仕事だと思う。昔の人は、選択肢があまりなかったから、こういう悩みはなかったのだろう。「好きなことをして成功をおさめて金持ちになる!」という絵に描いた餅みたいなものが強迫観念になっている現代の若者特有の悩みであり、親の苦悩ではないかと思う。
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